■暑さ忘れる“シャボン玉”
球体の表面にプリズムのような虹色が鮮やかに浮かび上がる。まさにシャボン玉。破裂して消えてしまいそうな「虹色風鈴」が軽やかな音を奏でた。
金属製の余韻を伴うような重厚さはない。シャボン玉は必ず割れて消えてしまうはかない存在。音よりも形状に、水遊びした幼少期の記憶が重なるのか。蒸し暑さを一瞬忘れるような居心地に包まれた。
平成24年、ガラス製品を製造・販売する菅原工芸硝子(九十九里町)と、デザイナーの鈴木啓太さんのコラボレーションで製品化された。球体のガラスの表面に天然真珠の塗料を焼き付けている。「江戸風鈴はカラフルで賑やかですが、あえてシャボン玉のようなはかなさを表現しました」と、同社広報の菅原加代子さんは狙いを語る。
一つ一つが手作りで、音もかすかに“個体差”がある。「涼しいけれど職人の温もりが感じられる」とネットなどで評判となり、若い世代からの引き合いが多いという。
虹色風鈴の音色によって確かに「涼」を感じたが、風鈴は本当に暑さを和らげるのだろうか。「心地よい音に注意が向くと『暑さ』に向く注意が減り、暑さの感覚が鈍ると考えられます」と解説するのは、建築環境工学が専門の京都府立大の松原斎樹教授だ。
松原教授の研究によれば、暑い環境で風鈴などの音を聞かせると、不快さが和らぐと感じる被験者が多かったという。「風鈴の音の方に注意が逸れ、暑いという不快感が減る。血管の収縮・拡張のような生理的なものではなく、認知的な働きです」
風鈴に限らず、気持ちがポジティブになるような音だと同じような実験結果になるそうだ。滝や池、氷のオブジェなど、音だけでなく視覚的な効果も「暑さ」の感じ方に影響を及ぼす。
「目で見て、耳で聴いて涼むという行為は、日本人は昔から実践しています。清少納言の『枕草子』にもそうした記述が出てきます」と松原教授。音や景色に涼しさを感じることは、昔から日本人が培ってきた繊細な感性の現れであるといえそうだ。
もっとも、視覚や聴覚で暑さが和らいでも、実際に温度が下がる訳ではない。松原教授は「日除けをしたり室内では適切にエアコンを使って、熱中症に注意してほしい」と呼びかける。
「涼」を呼ぶ虹色風鈴は、気温40度を超す工房で作られている。ガラスを溶かした窯を約30人の職人が囲む。窯の温度は1400度。職人らは汗を光らせながら吹き竿を巧みに操る。
虹色風鈴の口の部分の厚みは1ミリほどだが、頭頂部は約1センチになるなど厚みが違う。イメージした音に近づくよう、ガラスの厚みに変化をつける。「丸い形は難しくないが、厚みのコントロールに気を使います」と、職人の秋山光男さん(44)が教えてくれた。
灼熱の工房から、隣接するショップへ。約4千種類という製品を眺めていると、虹色風鈴に限らず、もともとガラス製品には涼感をもたらす効果があることに気づかされた。
「虹色風鈴が主力製品ではないのですが、伝わりやすいものからガラス製品の良さを幅広く知ってもらえれば」と菅原さん。熱帯夜をしのぐには、まずはお気に入りのマイグラス選びから始めてみようか。
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■菅原工芸硝子 九十九里町藤下797。ファクトリーショップは午前9時~午後6時。工場見学も受け付けているほか、ガラス制作体験(有料)も。ガラスをヘラで延ばす「のばしコース」と、ガラスを膨らます「吹きコース」がある。敷地内のカフェでくつろぐことも。【問】(電)0475・76・3551。